『PRODUCE 101 JAPAN 新世界(日プ新世界)』で注目を集め、現在はKO1KEYZ(コイキーズ)のメンバーとなった飯塚亮賀(いいづか りょうが)さん。
飯塚亮賀さんについて調べると、「新島学園なの?」「高校はどこ?」「サッカーはどのくらいやっていた?」と、学生時代が気になっている方も多いようです。

「新島学園」と具体的な学校名まで出てくると、本当に通っていたのか気になりますよね。
学生時代には長くサッカーに打ち込み、そこから歌やダンス未経験でアイドルの世界へ進んだという、少し意外な経歴も持っています。
この記事では、新島学園説が出た理由から、中学・高校・大学、サッカー経歴、そして日プ新世界からKO1KEYZメンバーになるまでを順番に整理します。
飯塚亮賀の高校は新島学園?まずは結論から整理
まずは、特に検索されている「飯塚亮賀 新島学園」について見ていきます。
学校名については、確認できている情報と、検索から広がっている説を分けて見る必要があります。
飯塚亮賀は新島学園出身と公表されている?
現時点では、飯塚亮賀さん本人や番組公式から、「新島学園出身」と公表された情報は確認されていません。
そのため、検索で「新島学園」という学校名が出てきても、飯塚亮賀さんの出身高校だと断定することはできません。

学校名まで検索候補に出ると確定情報のように見えますが、今のところ新島学園への在籍を確認できる発表はありません。
なぜ新島学園説が出たの?
新島学園説が広がった背景として考えられるのが、飯塚亮賀さんの出身地やサッカー経験、学生時代の人間関係です。
- 飯塚亮賀さんは群馬県出身
- 小学生の頃からサッカーを続けていた記録がある
- 笠原蓮さんとは中学・高校の同級生と紹介されている
- 笠原蓮さんも群馬県出身でサッカー経験がある
群馬県・サッカー・中高の同級生という共通点が重なっているため、2人の学校を調べる中で「新島学園」という名前が注目された可能性があります。
ただし、検索されていること自体は在籍を示す証拠にはなりません。
新島学園サッカー部との関係は?
「新島学園 サッカー部 飯塚」と検索する人もいますが、飯塚亮賀さんが新島学園サッカー部に所属していたと確認できる公式情報も見つかっていません。
飯塚亮賀さんが高校までサッカーを続けていたことは本人の発言からわかっていますが、高校時代の所属チームやポジション、大会成績などは非公表です。
笠原蓮とは中学・高校の同級生
学校について調べるうえで外せないのが、日プ新世界に一緒に参加していた笠原蓮さんとの関係です。
番組内では、飯塚亮賀さんと笠原蓮さんについて「中学・高校の同級生」と紹介されていました。
つまり、中学校だけでなく高校も同じだったことになります。

中学も高校も一緒で、さらに2人とも群馬県出身。学生時代からどんな関係だったのか気になる組み合わせですね。
ただし、2人が同級生だったことから新島学園出身と断定することはできません。学校名そのものは現在も公表されていません。
飯塚亮賀の中学・大学はどこ?学生時代を調査
高校以外では、飯塚亮賀さんの中学校や大学についても気になっている人が多いようです。
特に最近は、「飯塚亮賀 大学」「飯塚亮賀 同志社」といった検索も見られます。
中学校名も現在は非公表
飯塚亮賀さんの具体的な中学校名も公表されていません。
確認できているのは、先ほど触れたとおり、笠原蓮さんと中学校から高校まで同級生だったことです。
2人が同じ中学校から同じ高校へ進んだことはわかりますが、校名については明らかになっていません。
飯塚亮賀の大学は同志社大学?経済学部との情報も
飯塚亮賀さんの大学については、以前から「同志社大学では?」と噂されていました。
これまでは本人や番組公式から大学名が発表されておらず、この記事でも未確認情報として紹介していました。
しかし、その後同志社大学に在籍していることを示す情報が相次いでいます。
2026年7月には、INIの池﨑理人さんとJO1の河野純喜さんがラジオで同志社大学について話した際、池﨑さんが「後輩にも同志社の子がいて」と話し、飯塚亮賀さんの名前を挙げました。
さらに河野純喜さんも、飯塚亮賀さんを含めて「プデュの9位で受かるメンズは全員同志社」という趣旨の発言をしており、モデルプレスでもこのやり取りが報じられています。
そして2026年9月5日に行われたKO1KEYZの関西オフライントーク会では、さらに具体的な情報が出ました。

大学だけでなく学部まで分かる情報が出てきました。
参加者のレポートによると、飯塚亮賀さんに「同志社って本当ですか?」と質問したところ「そうです!」と回答。
続いて「学部はどこですか?」と聞くと、「経済です!」と答えたとされています。
同日のSNSでも「飯塚亮賀、同志社経済学部」などの参加者レポートが複数投稿されていました。
KO1KEYZの公式プロフィールなどで大学名・学部名が正式掲載されたわけではありませんが、これらの情報を合わせると、飯塚亮賀さんは同志社大学の経済学部に在籍しているとみられます。
また飯塚亮賀さんは、大学1年生の頃にK-POPアイドルを好きになったことが、アイドルを目指すきっかけになったと話しています。
高校まではサッカー中心、大学進学後にK-POPと出会ったという流れを見ると、同志社大学で過ごした時期が人生の大きな転機になったことがわかります。
飯塚亮賀のサッカー経歴は?小学生から高校まで一筋
飯塚亮賀さんの学生時代を語るうえで、特に欠かせないのがサッカーです。
本人の発言だけでなく、小学生時代には群馬県内でサッカーに取り組んでいた記録も残っています。
小学生時代は図南SCでサッカー
小学生時代には、群馬県の図南SCに所属していた記録があります。
さらに2014年頃には、ALL GUNMA U-11の練習メンバーに「飯塚亮賀」という名前が確認されています。
2005年1月21日生まれの飯塚亮賀さんにとって、2014年はまだ小学生の時期です。
少なくとも小学生の頃には、すでに継続してサッカーに取り組んでいたことがわかります。

高校だけ少しサッカーをしていたわけではなく、小学生の頃から続けていたと知ると「サッカー一筋」という言葉の印象も変わります。
高校生までは「サッカーしかやってこなかった」
日プ新世界では、飯塚亮賀さん本人が「高校生まではサッカーしかやってこなかった」と話していました。
中学・高校時代の所属チーム名やポジション、大会成績などは明らかになっていませんが、本人の言葉からも高校までサッカー中心の学生生活だったことが伝わってきます。
- 小学生時代は図南SCに所属した記録あり
- ALL GUNMA U-11の練習メンバーに名前あり
- 中学・高校でもサッカー中心の生活
- 本人が「高校生まではサッカーしかやってこなかった」と発言
特技にも長年のサッカー経験が残っている
日プ新世界の公式プロフィールでは、飯塚亮賀さんの特技が「サッカーボールを頭の上に乗せて歩くこと」となっていました。
頭の上にボールを乗せたまま歩くという、なかなか真似できない特技です。
高校まで長くサッカーに打ち込んできた飯塚亮賀さんらしい、学生時代の経験がそのまま残っている特技といえます。

プロフィールの特技までサッカーボールなのを見ると、本当に長い間サッカーが身近にあったんだなと感じますね。
飯塚亮賀のプロフィール!年齢・身長・MBTIも紹介
ここで、飯塚亮賀さんの基本プロフィールもまとめて見てみましょう。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 飯塚亮賀 |
| 読み方 | いいづか りょうが |
| 英字表記 | RYOGA |
| 生年月日 | 2005年1月21日 |
| 年齢 | 21歳(2026年9月時点) |
| 出身地 | 群馬県 |
| 身長 | 175cm |
| MBTI | INTP |
| 趣味 | アニメ鑑賞、サッカー、ゲーム |
| 特技 | サッカーボールを頭の上に乗せて歩くこと |
| 自分を表すキーワード | ヲタク |
| 所属グループ | KO1KEYZ |
趣味にはアニメ鑑賞・ゲーム・サッカーを挙げています。
さらに、自分を表すキーワードは「ヲタク」。
サッカー一筋だったスポーツ系の一面と、アニメやゲームが好きな一面の両方を持っているところも、飯塚亮賀さんの印象に残るポイントです。

サッカー少年というプロフィールだけを見ると活発なイメージですが、アニメやゲーム好きというギャップもあります。
飯塚亮賀は日プ新世界からKO1KEYZメンバーへ
高校までサッカー中心だった飯塚亮賀さんが、アイドルの世界を目指すようになったのは大学に入ってからでした。
ここからは、サッカー一筋だった学生時代からKO1KEYZメンバーになるまでを振り返ります。
大学1年生でK-POPにハマりアイドルを目指す
飯塚亮賀さんは1分PRの中で、大学1年生のときにK-POPアイドルを好きになったことが、アイドルを目指すきっかけだったと話していました。
それまでの学生生活はサッカー中心。
そこから歌もダンスもほぼ未経験の状態でアイドルを目指したというのですから、大きな方向転換だったことがわかります。
1分PRでは足つぼマットで縄跳び
日プ新世界の1分PRでは、足つぼマットの上で縄跳びをしながら自己紹介するという、かなりインパクトのある姿を披露しました。
歌やダンスの経験がほとんどないことも隠さず、「このオーディションにかける思いは誰にも負けない」と伝えていたのが印象的でした。

サッカー一筋だった人が、大学に入ってからK-POPに出会い、本当にアイドルを目指してしまう行動力もすごいですよね。
ファイナル9位でKO1KEYZメンバーに決定
飯塚亮賀さんはその後、『PRODUCE 101 JAPAN 新世界』のファイナルまで進出しました。
2026年6月6日に行われたファイナルでは、最終順位9位となり、12人組グローバルボーイズグループ「KO1KEYZ(コイキーズ)」のメンバーに選ばれました。
高校までサッカー一筋、歌もダンスも未経験。
そこからオーディションを勝ち抜いてデビューメンバーに入ったことは、飯塚亮賀さんの経歴の中でも大きな出来事です。
KO1KEYZは2026年10月7日に日韓同時デビュー予定
KO1KEYZは、『PRODUCE 101 JAPAN 新世界』から誕生した12人組グローバルボーイズグループです。
グループ活動もすでに始まっており、2026年10月7日にDEBUT SINGLE「KO1KEYZ」で日本・韓国同時デビュー予定となっています。

日プ新世界では未経験からの成長が見どころでしたが、これからはKO1KEYZのRYOGAとしてどんな姿を見せるのか楽しみですね。
まとめ
今回は、飯塚亮賀さんの高校や新島学園説、サッカー一筋だった学生時代についてまとめました。
- 新島学園出身と確認できる公式情報はない
- 笠原蓮さんとは中学・高校の同級生
- 中学・高校の具体的な学校名は非公表
- 大学は同志社大学とみられ、オフライントーク会の参加者レポートでは「経済学部」と回答したとされている
- 小学生時代には図南SCに所属した記録がある
- ALL GUNMA U-11の練習メンバーに名前が確認されている
- 本人が「高校生まではサッカーしかやってこなかった」と発言
- 日プ新世界では最終9位となりKO1KEYZメンバーに決定
- 2026年10月7日にKO1KEYZとして日韓同時デビュー予定
「新島学園」という具体的な学校名が検索されていますが、現在のところ飯塚亮賀さんの出身高校を特定できる公表情報はありません。
一方で、小学生時代の記録や本人の言葉から、高校まで長くサッカーに打ち込んできたことははっきりしています。
そして大学時代にK-POPに出会い、未経験からアイドルを目指して日プ新世界最終9位、KO1KEYZメンバーへ。
学生時代から現在までを追ってみると、飯塚亮賀さんが歩んできた道の大きな変化がよくわかります。

